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最高裁判所第二小法廷 平成7年(オ)2080号 判決

上告人

株式会社富美商事

右代表者代表取締役

小村冨士夫

右訴訟代理人弁護士

山城昌巳

被上告人

シティゴルフ株式会社

右代表者代表取締役

萩原信三

右訴訟代理人弁護士

関口徳雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人山城昌巳の上告理由について

一  原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

(1)  小山公商は、いわゆる預託金会員制ゴルフクラブである沼津ゴルフクラブ(以下「本件ゴルフクラブ」という。)の自己名義の個人正会員権(以下「本件会員権」という。)を有していたところ、平成四年三月一六日、これをゴルフ会員権売買業者である株式会社マス・ヨシモトに売り渡し、裏面の裏書欄に署名押印した預託金預り証のほか、いずれも署名押印した名義書換請求書(新名義人欄は空欄)、会員権譲渡通知書(譲受人欄は空欄)、白紙委任状、印鑑登録証明書等の書類を交付した。

(2)  同会社は、同日、同じくゴルフ会員権売買業者である株式会社ワイ・エム・ユー(以下「ワイ・エム・ユー」という。)に対し、本件会員権を売り渡し、前記各書類を交付した。

(3)  ワイ・エム・ユーは、同日、上告会社に対し、本件会員権を代金二一三〇万円で売り渡したが、上告会社から本件会員権についての名義書換手続の請求の代行を委託されたため、前記各書類を上告会社に交付せず、引き続き預かり保管していた。

(4)  ワイ・エム・ユーは、前記の小山の署名押印のある名義書換請求書を用いて、本件会員権につき上告会社への名義書換えの手続を請求する小山公商、上告会社連名の名義書換請求書を作成し、同年五月一九日、これを本件ゴルフクラブを経営する沼津観光開発株式会社(以下「沼津観光開発」という。)に提出した。

(5)  ワイ・エム・ユーは、同月二二日、ゴルフ会員権担保融資等を業とする被上告会社から二三〇〇万円を借り受け、右借入金債務を担保するため、被上告会社に対して本件会員権を譲渡担保として譲渡し、前記各書類(ただし、名義書換請求書は新たに偽造したもの)を交付した。

(6)  沼津観光開発は、同年六月一六日ころ、上告会社に対し、入会承諾書(確定日付は付されていない。)により本件ゴルフクラブへの入会の承認を通知するとともに、名義書換料一〇三万円の支払を請求し、上告会社は、同月二二日、右名義書換料を支払った。

(7)  被上告会社は、前記の小山の署名押印のある会員権譲渡通知書の譲受人欄に被上告会社の住所、名称を記載して、同月二五日に内容証明郵便で発送し、右内容証明郵便は同月二六日に沼津観光開発に到達した。

二  原審の確定したところによれば、本件会員権は預託金会員制ゴルフクラブの会員権であり、その法律関係は会員と本件ゴルフクラブを経営する沼津観光開発との債権的契約関係であるが、会員権の譲渡については、譲渡を受けた者は、沼津観光開発の承認を得た上、会員権について名義書換えの手続をしなければならないものとされている。右の趣旨は、会員となろうとする者を事前に審査し、会員としてふさわしくない者の入会を認めないことにより、ゴルフクラブの品位を保つことを目的とするものというべきであるから、沼津観光開発との関係では、会員権の譲渡を受けた者は、その承認を得て名義書換えがされるまでは会員権に基づく権利を行使することができないが、譲渡の当事者間においては、名義書換えがされたときに本件ゴルフクラブの会員たる地位を取得するものとして、会員権は、有効に移転するものというべきである。そして、この場合において、右譲渡を沼津観光開発以外の第三者に対抗するには、指名債権の譲渡の場合に準じて、譲渡人が確定日付のある証書によりこれを沼津観光開発に通知し、又は沼津観光開発が確定日付のある証書によりこれを承諾することを要し、かつ、そのことをもって足りるものと解するのが相当である。もっとも、従来、会員権の譲渡に際して確定日付のある証書による通知承諾の手続が必ずしも履行されていなかったという実情を勘案すれば、現在までに会員権を譲り受け、既に名義書換えを完了してゴルフクラブにおいて会員として処遇されている者については、その後に当該会員権を二重に譲り受けた者や差押債権者等が、当該会員が右のような対抗要件具備の手続を経ていないことを理由としてその権利取得を否定することが、信義則上許されない場合があり得るというべきである。

そうすると、被上告会社が前記会員権譲渡通知書を内容証明郵便により発送したことは小山に代わってこれを行ったものと解することができるから、右内容証明郵便が沼津観光開発に到達したことにより、被上告会社は、本件会員権の取得について第三者に対する対抗要件を備えたものというべきである。そして、他方、沼津観光開発の上告会社に対する入会承諾書には確定日付が付されていないところ、原審の前記認定事実によれば、被上告会社については、上告会社が確定日付のある証書による通知承諾の手続を経ていないことを主張することが信義則上許されないというべき事情は認められない。したがって、被上告会杜は、本件会員権の取得をもって、上告会社に対抗することができるものというべきである。右と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、独自の見解に基づき、又は原判決を正解しないでこれを非難するものであって、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官福田博の補足意見、裁判官河合伸一の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官福田博の補足意見は、次のとおりである。

私は、多数意見に同調するものであるが、なお、次の点について付言しておきたい。

預託金会員制ゴルフクラブの会員権の譲渡については、従来、譲渡人から譲受人に対して、会員の署名押印のある預託金預り証、名義書換請求書、白紙委任状、印鑑登録証明書等の書類を交付することにより、当事者間での譲渡が行われ、譲受人は、右書類を利用してゴルフ場経営会社に対し当該会員権の自己への名義書換えの手続を請求し、名義書換えにつきゴルフ場経営会社の承認を得た上で、ゴルフ場施設利用権等の会員としての権利を行使するという形態が広く行われていたものであって、会員権の譲渡につき、確定日付のある証書により、譲渡人がこれを通知し、あるいはゴルフ場経営会社がこれを承諾するということは、ほとんど行われていなかったといわれている。

右のような形態による会員権の譲渡は、会員権取引において実務上形成されてきたものであるが、右の方法は、譲渡人と譲受人との間の権利の移転及び譲受人のゴルフ場経営会社に対する権利行使という二つの側面における関係者の権利調整を考慮したものではあっても、譲受人の会員権の取得をゴルフ場経営会社以外の第三者に対抗するための対抗要件という点については、これを十分に意識したものではなかった。そのため、会員権の譲渡と第三者による差押え等が交錯した場合においては、譲受人と差押債権者等との優劣関係が必ずしも明らかでなく、この点をめぐってしばしば紛争を生ずるという難点があった。今回、会員権の譲渡の第三者に対する対抗要件について、多数意見のいうように指名債権譲渡に準ずる方法によるべきことが明らかにされたことは、今後の会員権取引における権利関係を明確にし、譲受人の地位を安定させるという点で、現在会員権を有する者、今後会員権を譲り受けようとする者のみならず、ゴルフ場経営会社に対しても、資するところは小さくないものと思われる。そうであれば、ゴルフ場経営会社においても、会員権の譲渡人からの確定日付のある証書による通知に対応して、個別の会員権について譲渡当事者間における権利の移転関係を迅速に把握し、これを記録するなど、本判決により明らかにされた対抗要件具備の方法に積極的に対応する態勢を整えることが要請されているものということができよう。

しかし、冒頭に述べたように、従来のゴルフ会員権取引においては、永年にわたり前記のような譲渡方法が行われてきたものである。そして、ゴルフ会員権については、債権債務の双方を含む包括的な権利関係として、指名債権譲渡について民法の規定する対抗要件具備の手続を経ないでも、前記のような名義書換手続を履行することにより会員としての地位を取得するものと一般的に考えられてきたものであり、現在までに会員権を譲り受け、名義書換えを経てゴルフクラブにおいて現に会員として処遇されている者は、このような手続を経ることにより自己の会員としての権利が確保され、もはや第三者の行為により覆されることはないとの認識の下に、平穏に会員としての権利を行使してきたものであり、特段の事情がない限りその法益は保護されるべきものである。このような点を考えると、会員権の譲渡の第三者に対する対抗要件について、今後は、多数意見のいうように指名債権譲渡についての民法の規定を準用するとの解釈を定着させるとしても、個別の事案についてこれを適用するに当たっては、右のような者の利益が不当に侵害されることのないように十分に配慮することが要請されるというべきである。すなわち、ゴルフ会員権の二重譲渡においては、売買の際に預託金預り証の交付を受けなかった者等について、いわゆる背信的悪意者に当たるなどとして、信義則上、先に会員権の譲渡を受けて名義書換えを完了している者が確定日付のある証書による通知承諾の手続を経ていないことを主張する利益を欠くものと判断される場合を、ある程度広く認めるべきものと解するのが相当である。また、第三者が会員権に対して差押えを行ったような場合においても、差押債権者等が、現にゴルフクラブにおいて会員として処遇されている者が確定日付のある証書による通知承諾の手続を経ていないことを主張することが、信義則上許されない場合を、広く認めるべきものと考える。

裁判官河合伸一の反対意見は、次のとおりである。

多数意見は、(1) 本件会員権のような預託金会員組織のゴルフ会員権(以下単に「ゴルフ会員権」という。)は、譲渡人と譲受人との間の契約によって譲渡することができるが、その譲渡を当該ゴルフ場を経営する者(以下「経営会社」という。)以外の第三者に対抗するには、(2) 指名債権譲渡の場合に準じて、確定日付のある証書による通知又は承諾がされることを要し、かつ、(3) そのことをもって足りる、としている。私は、右の(1)及び(3)には賛成するが、(2)には賛成することができない。その理由は、次のとおりである。

一  ゴルフ会員権は、ゴルフ場施設の優先的利用権、預託金返還請求権、会費納入義務等の債権債務関係を内包する契約上の地位であって、一種の財産権として売買等の取引の目的とされている。しかし、このような契約上の地位の譲渡、殊にその第三者対抗要件について定める法令は存在しない。したがって、これについては、民商法等の規定を参考としながら、ゴルフ会員権の性質、内容やその流通の状況等に即して、関係者の利害を適切に調整できるよう、定めなければならない。そして、ゴルフ会員権をもって証券化した権利と解することはできず、公的な登記・登録制度も設けられていないことからすれば、現行法の規定中もっとも参考とすべきものは、指名債権譲渡の対抗要件を定める民法四六七条である。

二  そこで、まず、民法四六七条の法意について考える。

1  同条一項は、債務者に対する通知又は債務者の承諾をもって第三者に対する対抗要件としているが、それは、「債権を譲り受けようとする第三者は、先ず債務者に対し債権の存否ないしはその帰属を確かめ、債務者は、当該債権が既に譲渡されていたとしても、譲渡の通知を受けないか又はその承諾をしていないかぎり、第三者に対し債権の帰属に変動のないことを表示するのが通常であり、第三者はかかる債務者の表示を信頼してその債権を譲り受けることがあるという事情の存することによるものである。このように、民法の規定する債権譲渡についての対抗要件制度は、当該債権の債務者の債権譲渡の有無についての認識を通じ、右債務者によつてそれが第三者に表示されうるものであることを根幹として成立しているものというべきである。」(最高裁昭和四七年(オ)第五九六号同四九年三月七日第一小法廷判決・民集二八巻二号一七四頁)。また、同条二項が通知・承諾が確定日付のある証書をもってされることを必要としている趣旨は、「債務者が第三者に対し債権譲渡のないことを表示したため、第三者がこれに信頼してその債権を譲り受けたのちに譲渡人たる旧債権者が、債権を他に二重に譲渡し債務者と通謀して譲渡の通知又はその承諾のあつた日時を遡らしめる等作為して、右第三者の権利を害するに至ることを可及的に防止することにあるものと解すべきであるから、前示のような同条一項所定の債権譲渡についての対抗要件制度の構造になんらの変更を加えるものではないのである。」(右同)。

2  これを要約すると、民法四六七条が定める第三者対抗力取得の手続(以下「民法方式」という。)は、債務者の認識と表示によって権利の帰属状況を公示する機能(以下「公示機能」という。)を根幹とした上、権利の帰属が変動した場合、その変動がその日よりも後に生じたものでないことを示す日付を固定する機能(以下「固定機能」という。)を付加することによって右公示の真実性を可及的に担保しようとするもの、ということができるであろう。

このように解すれば、ゴルフ会員権についても、会員権契約の相手方たる経営会社を指名債権における債務者に準じるものとして、確定日付のある証書をもってこれに通知し、又はその承諾を得るという方法、すなわち民法方式に準じる手続によりその譲渡について第三者対抗力を備えることを認め得ることに、異論はない。

三  しかしながら、従来、ゴルフ会員権の譲渡に際して民法方式に準じる手続が履践されることは、極めて少なかった。

会員組織のゴルフ場においては、「会員」となることにより施設優先利用権等の権利を取得するものとされている。これはもともと社団法人組織のゴルフ場に始まるものであるが、預託金会員組織のゴルフ場もこれを踏襲し、ゴルフ会員権を取得するためには、会員の組織である「クラブ」に入会して会員となるものとし、その入会資格、手続等をクラブの会則等で定めるのが通例である。ゴルフ会員権の取得は、実際には、このようなクラブへの加入として観念され、運用されてきた。

ゴルフ会員権の譲渡についても、通常、当該クラブの会則等において、譲渡人と譲受人との間で譲渡契約を締結した上、経営会社(クラブの理事会等を含む場合がある。以下同じ。)に対し、会員名義の書換えを申請して経営会社の承認を得なければならない旨が定められている。この承認手続は、主として、譲受人について、会員となる資格、適性等を審査することを目的とするものである。そして、これが承認され、名義書換えの手続が完了すれば、それによって譲渡人がクラブから退会し、譲受人が新たに会員となってゴルフ会員権を行使できることとなるのであって、この交代の事実は、一般の人的組織における構成員交代の場合と同じく、組織内部のみならず、対世的にも当然に効力を有するものと理解されていた。

これまでゴルフ会員権譲渡について民法方式の手続が採られることがほとんどなかったことの要因の一つは、右のような事情にある。しかも、それにもかかわらず、その譲渡について第三者との対抗関係が紛争となることは、膨大な数に達すると思われる累年の譲渡数に対比すると、決して多くはなかった。しかるに近年、ゴルフ会員権が投資あるいは金融取引の対象とされることが頻繁になるのに伴い、本件のような紛争が目立つようになってきたのである。

四  以上に述べたところからして、ゴルフ会員権譲渡の第三者対抗要件としては、従来から慣行的に行われている方式、すなわち、譲渡人が、単独又は譲受人との連名で、経営会社に対し、会員名義の書換えを申請し、経営会社がこれを承認して会員名義を書き換えることを中核とする手続(以下「従来方式」という。)でも足りると解すべきである。

1  従来方式が民法方式と同様の公示機能を備えていることは、多言するまでもない。実際に行われている名義書換申請とその承認の書面の内容ないし文言は、民法方式における通知・承諾のそれと必ずしも同一とは限らないが、いずれにしても、ゴルフ会員権の帰属の変動を経営会社に認識させるのに十分であるし、経営会社が、第三者からの照会に対してその認識を表示していることも周知のところである。経営会社にとって誰が会員であるかの管理は最も重要な業務の一つであるから、名義書換申請の受理及びその承認の事実は確実に記録され、明らかにされているのであって、その確実さは、経営会社にとっていわば偶発的な譲渡通知の受領の場合に勝ることはあっても、劣ることはない。のみならず、名義変更の結果が会員等に配布される会員名簿に登載されれば、民法方式の有しない公示機能、すなわち債務者への照会を要しない公示を持つことになるのである。

したがって、名義書換えの申請又はその承認が確定日付のある証書によってされたときも、第三者対抗力を認めるのに問題はないであろう。

2  問題となるのは、申請又は承認が確定日付のある証書によってはされなかった場合である。

ゴルフ会員権の譲渡についても、譲渡人たる旧会員と経営会社が通謀の上、名義書換えの申請又はその承認のあった日時をさかのぼらせる等の作為をして第三者を害する危険があり得ないとはいえないから、これを防止する必要があることは指名債権譲渡の場合と同様である。民法方式において通知又は承諾が確定日付のある証書によってされることを要求するのは、前述のとおり、その手続に固定機能を持たせることにより可及的にこの危険を防止するためである。しかし、一般に、そのような機能を有するものが確定日付のある証書以外にあり得ないわけではないから、他の方法をすべて排除する論理的必然性はない。従来方式においても、その手続の中に確定日付のある証書によるのと同様の固定機能を有するものが含まれていれば、それによって右危険防止の要請を満たすことができる。

3  この見地に立って従来から行われているゴルフ会員権譲渡の手続をみると、少なくとも、① 会則等によって譲受人の入会承認後にいわゆる名義書換料を納付すべきことが定められている場合に、銀行その他の金融機関又は郵便局の振込手続等を利用してこれが納付されたとき、又は、② 名義書換手続が完了して譲受人が会員となった後に、その事実が会報、会員名簿等の印刷物に登載されて会員等に配布されたときには、右①の納付又は②の配布があった日をもって、当該ゴルフ会員権譲渡は第三者対抗力を具備するに至ると解することができよう。けだし、右①又は②の事実があれば、当該譲渡についての名義書換えの申請と承認が右の日よりも後にされたものではあり得ないこととなり、確定日付のある証書を利用するのと同程度の固定機能を認めることができるからである。

もっとも、右①又は②の事実は、例えば内容証明郵便をもってする通知のように、一通の書類を見て直ちにその時期まで明らかになるという性質のものではないが、第三者対抗力を生じた時点の如何は、専ら対立する権利関係が発生した後の紛争処理のために問題となる事柄であるから、その証明に若干の手間がかかっても本質的な欠陥ということはできない(なお付言すると、確定日付のある証書による通知においても、それが第三者対抗力を生じるのは債務者への到達時とされているから(前掲最高裁第一小法廷判決参照)、他の証拠による立証を要する場合のあることを否定できない。)。第三者対抗要件の根幹であり、取引の安全保護のためにもっとも重要なのは公示機能であるから、その機能においては民法方式に比して勝るとも劣らない従来方式を、付加的な要請たる固定機能に関して若干の不便があるという理由のみで排斥するのは相当でない。

4  民法四六七条は指名債権譲渡についての強行法規であるとされている。そして、ゴルフ会員権の譲渡は、指名債権たる預託金返還請求権の譲渡を含んでいる。しかし、財産権としてのゴルフ会員権の価値のうち、預託金返還請求権の占める部分は小さいのが通例である。本件会員権についてこれを見ても、関係者間で行われた譲渡等の価格は二〇〇〇万円を超えていたが、記録によれば、預託金の額は四〇万円にすぎず、しかも会員在籍中は返還しないものとされていることがうかがえる。

本来、ゴルフ会員権の価値は当該ゴルフ場の物的・人的諸要素によって定まるのであって、そこに含まれる権利としては、施設の利用に関する諸種の権利(クラブ行事等へ参加する権利を含む。以下単に「利用権」という。)が最も重要である。そして、一般に、ゴルフ会員権譲渡の当事者間でも名義書換えまでは譲渡人が施設利用を継続できるとされていること、また、譲受人が取得する利用権の内容は譲渡人の有していたそれと必ずしも同一でない(例えば、いわゆるハンディキャップ及びこれによる相違)などの実態に照らせば、譲渡人の有していた利用権そのものが譲受人に承継されるのではないと解することができる。すなわち、ゴルフ会員権の譲渡によって譲受人が入手するのは名義書換手続を経て利用権を取得し得る地位ないし期待権であって、名義書換えが完了することにより、譲受人は新たな自己独自の利用権を与えられ、同時に譲渡人が有していた利用権は消滅すると解するのが、右のような実態に即するし、前記三項で述べた一般的観念にも適合するのである。そして、そう解すれば、利用権の部分については、その譲渡の第三者対抗要件を論じる余地はないことになる。

しかも、ゴルフ会員権の譲渡においては、これらの権利等が個々に譲渡されるのではなく、義務に関するものを含め、さらに具体的権利とはいえない無形の価値も加わって一体となった財産権が譲渡されるのである。そのような財産権ないし契約上の地位の譲渡については、全体として法が欠缺しているのであるから、第三者対抗要件に限って民法を適用するいわれはない。問題はこれと同様の取扱いをすることが妥当か否かにあるが、次に述べるところを併せ考えれば、その一部、ときには極めてわずかの一部に過ぎない預託金返還請求権についての民法四六七条の強行法規性をゴルフ会員権の全体に及ぼすことは、明らかに妥当でないと考えるのである。

5  ゴルフ会員権及びこれに関する慣行は、その譲渡の手続を含めて、いわば自然発生的に作出され、発展し、安定を得てきたものである。このような慣行には、それなりの社会的・経済的合理性ないし必然性を有するものが少なくないから、これについて何らかの司法的処理を要する段階に達したときは、まずその慣行を吟味し、これを排斥すべき理由ないし必要がなければ、そのまま、あるいは所要の整備を加えて、これを是認するというのが、望ましい対応であろう。特段の理由ないし必要もないのに、その慣行を否定し、代わりに他のものを押し付けることは、混乱と不当な結果を招くおそれがあるのである。

ゴルフ会員権の譲渡についても、その発生以来広く行われてきた慣行たる従来方式を排斥して、民法方式を強制することは、かえって紛争を誘発し、多数の善良なゴルファーの地位を予期しない危険にさらすおそれがある。多数意見は信義則を適用することによってこれを救済し得る旨を示唆するけれども、例えば滞納処分による差押えの場合などを考えると、信義則についての従来の法理を著しく変容しなければ十分な救済はなし得ないであろう。私は、そのようなことをしてまで従来方式の第三者対抗力を否定しなければならない特段の理由ないし必要を見いだすことができないのである。

五  原審の確定したところによれば、被上告会社が内容証明郵便で発送した譲渡人小山公商作成の本件会員権譲渡通知書が経営会社たる沼津観光開発に到達したのは平成四年六月二六日であるところ、上告会社はそれ以前に本件会員権を譲り受け、従来方式による名義書換申請手続をして、同月一六日ころには沼津観光開発から入会承諾書を受領し、同月二二日に名義書換料を支払ったというのである。そうすると、右名義書換料の支払方法等の如何によっては、上述したところに基づき、本件会員権取得についての上告会社の第三者対抗要件具備が被上告会社のそれに優先する場合がある。もっとも、右の場合であっても、上告会社は小山公商の署名押印した預託金預り証その他本件会員権の取引に必要な書類をワイ・エム・ユーに預託していたのであり、そのために被上告会社はワイ・エム・ユーが本件会員権処分の権限を有すると信じていた可能性があるから、その間の事情の如何によっては、結論として被上告会社が本件会員権を有すると認められることもあり得ないではない。したがって、これらの点を審理させるため、原判決を破棄し、本件を原審に差し戻すべきものである。

(裁判長裁判官河合伸一 裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官福田博)

上告代理人山城昌巳の上告理由

第一点、原審判決には審理不尽の違法がある。

一、上告人(被告)は一審における平成六年一二月一四日付準備書面第一、に於いて被上告人(原告)は、本件会員権につき譲渡担保の実行としての債権を譲受るべき権利が存在していないことを主張している。

すなわち、上告人は訴外(株)ワイ・エム・ユーに対する貸付金債権(本件会員権が譲渡担保)の弁済期限を猶予している。そのことは乙第二一号証が示すように平成五年七月から平成一〇年六月末日までの分割返済の約定をしていることから明らかであり、且つ、原告は期限の利益喪失等の理由で担保権実行の通知をなしていない旨主張している。

二、しかるところ、一審判決はこれを看過し、被告の主張として次の三点を列挙するに過ぎない。すなわち、「本件ゴルフ会員権を買受けたこと」「沼津観光開発に対し、ゴルフクラブへの入会を申込み同社から平成四年六月一五日右入会の承諾を得たこと」「右承諾により対抗要件を具備したこと」の三点であり、一審判決(二審を含めて)の判断の対象は右三点に限定されている。

そもそも、対抗要件の有無又は優劣が問題となる前提として実体的権利関係において移転があったのか否かが判断されなければならないことは当然のことである。

原審判決は一審、二審ともに、上告人(被告、控訴人)の前記主張がなされているにも拘らず、その点について何らの考慮もなされていない。

よって、審理不尽の違法がある。

第二点、原審判決は判決に影響を及ぼすこと明らかな法令解釈の誤りがある。

一、債権譲渡に関する対抗要件に限らず、対抗要件の有無又は優劣が問題とされる前に、実体的関係において譲受人につき権利の移転があったかどうか、又あったとして、その移転は法的に有効か否かが判断されなければならないこと自明の理である。

また、債権譲渡における対抗要件の有無又は優劣が問題となるのは、譲渡人に当該債権が帰属している間に限り発生するものである。すなわち、債権者(譲渡人)につき債権が消滅した後の譲渡について対抗要件を具備した譲受人は何らの権利も取得しない。

したがって、例えば賃金債権の二重譲渡の場合、確定日付ある証書による通知又は承諾を有しない第一の譲受人が債務者から返済を受けた後、第二の譲受人が確定日付ある証書の対抗要件を具備しても第二譲受人は何の権利も取得するものではなく、第一譲受人又は債務者は安全である。

原審判決は、「権利の譲渡」という実体的法律関係に関する法的判断に欠けており、民法四六七条二項の第三者との対抗要件の有無又は優劣という点のみにとらわれ、短絡的に同法二項の規定どおりの判断を下したものであって、法令解釈に重大な誤りがある。

二、本件事案につき原審判決のような解釈が適用されると社会的に次のような重大な問題が発生する可能性がある。

現在我国においてゴルフ会員権を有する法人及び個人は数百万人と推測される。(或いは、一千万人又は会員権の数として一千万口以上かも知れない)そのうち、会員権を承継的に取得した者も数知れなく存在する。そのことは、ゴルフ会員権相場が存在することから明らかである。その中で、確定日付ある証書の対抗要件を具備しないで名義変更手続を完了した者も数しれなく存在する。何故ならば、本件事案もそうであるように、名義変更手続きは、特に問題のない限り確定日付ある証書による通知又は承諾を要しないで行われることが多いからである。そういう社会的実態があることはいわば公知の事実であるところ、確定日付ある証書による対抗要件を具備しないで名義変更を完了し、ゴルフ場と新たな入会契約を締結し、会費を支払い、ゴルフを楽しんでいる者に対し、五年或いは一〇年後に、確定日付ある証書による対抗要件を備えた譲受人が現れると、その者が優先するという結果となる。

このような結果を惹起する法解釈は誤りである。

本件事案は、まさに、そのような結果を是認するものである。

三、たとえば、一〇〇万円の賃金債権の譲渡を受けた者(譲渡通知がなされていない)が債務者から一〇〇万円の弁済を受けた後、第二の譲受人が弁済日後の確定日付証書による対抗要件を具備して現れた場合の法律関係は、第二の譲受人は何の権利も有しないという点では争いのないところであろう。

それは、第二の譲渡時点には譲渡人の債権は既に消滅していたという理由からであろう。

貸付金債権等一回の給付行為で履行が終了する性質の債権については比較的単純な解釈ですむ。

しかしながら、本件会員権のように、債務者の履行が継続的に行われ、また、債権者にも義務が伴うような債権についてはどのように考えるべきか一つの問題ではある。

ゴルフ会員権は、ゴルフ場の施設の優先的利用権と預託金返還請求権及びこれらの権利を有償譲渡し得る利益等が一体となった権利であり、他方、会費の支払い義務や会規約の遵守義務等が伴う権利であり、その譲渡はそのような法律(契約)関係上の地位の譲渡と解される。

したがって、債務者(ゴルフ場)の債務は数回の履行によって消滅する性質のものではない。

このように、債権債務の実体的法律関係は、数回の給付によって消滅しないが、譲渡人(債権者)の権利は、譲受人が同人の権利を承継し、債務者との間に新たなる契約関係が成立したときに消滅すると解すべきである。

本件事案では、上告人は平成四年五月三〇日沼津観光開発との間に新たなる契約関係が成立したものである。(原審判決は同日ゴルフ場側が上告人の入会承諾を為した事実を認定している)そして、上告人は同年六月二二日入会金一〇三万円を支払い、名実ともにゴルフ場側と新たな会員契約関係が樹立されたものである。

他方、被上告人の確定日付ある証書の譲渡通知は同年六月二五日発送され、翌二六日右ゴルフ場側に到達しており、この時点では、譲渡人の権利、すなわち、ゴルフ場との契約関係上の地位は消滅している。

被上告人の本件会員権の譲受け並に確定日付ある譲渡通知は、譲渡人の権利消滅後になされたものであって、上告人との対抗要件の優劣という次元の問題ではなく、そもそも、被上告人が実体法上譲り受けた権利は消滅していたものである。

四、上告人代理人の以上のような法解釈は、取引の安全(公の秩序)を定めた民法四六七条の規定を曲げるものとの批判が予想されるが、当方は決して右規定を軽視するものではない。

対抗要件と権利の移転という実体法上の問題を明確に区別して解釈すべきであると主張しているのであって、原審判決はこの点が明確に区別されて解釈されていないということである。そのため、前述したような極めて不当な結果を惹起することとなり、そのような不当な結果をもたらす法解釈は、どこかが間違っているのである。

また、上告代理人のような解釈は、債権者、債務者、第一譲受人の三者が共謀して確定日付ある証書の対抗要件を具備した第二譲受人に対し、譲渡対象債権は既に弁済や新たなる契約関係が成立したものとして第二譲受人を害する結果を招くとの批判が予想される。この点については注釈民法(11)三八五頁の明石三郎教授の見解を援用する。「しかしさりとて逆に、第二譲受人丁を真の債権者と認めて丙(第一譲受人、援用者注)に対抗しうるとすれば、すでになされた債権の弁済などによる決済を覆すことになり、譲受人は常に確定日付ある証書によるのでなければ安心できず、第一項の規定の意義が失われる結果となる。」

右にいう第一項の規定とは民法四六七条一項の規定であり、同項は債権譲渡の対抗要件の一般規定であると一般に解されていることは敢えて言うまでもないことであろう。

その意味で、上告人は確定日付ある証書による承諾はないが、右一項の「承諾」という対抗要件を備えて債務者(ゴルフ場)と新たなる契約関係上の地位を取得したものであって、何らの対抗要件をも備えていなかったものではない。

何度も言うようであるが、被上告人が譲受けた債権は、同人が対抗要件を備えた時点(平成六年六月二六日)では、当該譲受債権は、上告人が債務者の承諾を得て新たな契約上の地位を取得したことにより既に消滅していたものである。

原審判決は、この点を看過し、単に対抗要件の優劣の問題として判断を為したものであって重大な法令解釈の誤りがある。

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